ひとりぼっち秀吉BAND 10周年記念インタビュー

 

2018年に結成10周年を迎えたひとりぼっち秀吉BAND。

これまでの足跡を振り返るインタビューを

数回に分けて掲載していきます。

 

聞き手はひとりぼっち秀吉BANDと縁の深い人物の一人、

土田智之(東北ライブハウス大作戦、元タワーレコード郡山店店長、元郡山#9店長)。

 

秀:秀吉

ヨ:ヨギ

ホ:ホリ

 

vol.1 〜ひとりぼっち秀吉BAND誕生〜

『人間ドロップ』『人間ラブソング』『人間ピース』

 

-結成10年という事は、バンドのスタートは2008年に遡るね。当時の事を振り返る前に、まずヨギ君とホリ君が加入したのはいつなんだっけ?

 

ヨ:僕は2012年の5月からですね。

ホ:2009年の5月がひとりぼっち秀吉BANDに入ってからの初ライブでしたね、自分は。

秀:自分以外、結成当初のメンバーはもういないんですよね。最初はマーキーさんっていう…

ヨ:結構歳上だったよね?

秀:そうそう。高校卒業してから組んでたピクルスっていうバンドでドラムを叩いてた人です。

ヨ:一番最初のメンバーは秀吉、サスケ、マーキーさん、ボストン中村…

 

ーボストン?

 

秀:いたって普通の奴なんですけど。

ヨ:その4人で始まったんです。

秀:それまで一人でやってて、当時郡山にあったライブハウスFREEWAY JAMでサスケが「曲いいね」って声かけてくれて。「でしょ?ギターやらない?」みたいな(笑)。でバンド組むにはドラムどうするか、となった時にあてがなくて、マーキーさんに声かけて、サポートで叩いてくれることになりました。ベースはサスケの同級生が弾いてくれることになって。

 

ーそれが…ボストン?

 

秀:そうです、まぁ名前はアレなんですけど、本当に普通の奴で。

ヨ:ボストンはこの先、重要人物としてちょいちょい出てきますよ。

秀:いや、もう出ないよ!(笑)

 

ホ:このメンバーで、ひとりぼっち秀吉BANDとしての初ライブはPEAK ACTIONでやったんですよね。自主企画で。

秀:2008年の12月28日ですね。そこに出演してもらったのがホリの…

ホ:自分が高校生の時に組んでたジパングってバンドで。

 

ーそこで出会ったんだ?

 

ホ:それより前から知り合ってたので、そういう繋がりで企画に誘ってもらったって感じです。

ヨ:一応スタート時点での正式メンバーは秀吉とサスケ…一応ボストンも正式メンバー?その時はサポート?

秀:…どうだったかなぁ。正直、正式メンバーだったかサポートだったかって部分は曖昧なとこもあって…

 

ーそこがあまり重要でないのなら、秀吉的にはそれまでやってた弾き語りの延長で、バンドで音を出したかったって感じなんだろうね。

 

秀:そうですね。高校卒業して、音楽やるぞって振り切って、ピクルスっていうバンドを組んだんですよ。俺はとことんガツガツやりたかったんですけど、メンバーそれぞれの状況…大学行きながらとか、仕事しながらとかでどんどん思うように活動できなくなっていっちゃったんです。それなら一人でやってみようと思って弾き語りを始めてみたら、バンドの時よりも周りから評価をもらえたのが嬉しくて。そこからは弾き語りでやってたんですけど、8ヶ月ぐらい経った頃に、やっぱりバンドがやりたい気持ちがこみあげてきて。

ヨ:で、徐々にメンバーが集まり始めて、2008年12月28日が初ライブ、と。

秀:でもすぐマーキーさんが仕事忙しくて続けられない、ってなっちゃって。どうしようかなって思った時に…その初ライブに出演してもらった先輩バンドに、同じ出演側なのに凄く場を盛り上げてくれたヤンキーみたいないかつい人がいて。

ホ:ひとりぼっち秀吉BANDのライブでダイブしてましたよね。

秀:それがKING(現:BLACK BASS)。

ホ:初代正式ドラマー。

ヨ:そしてKINGが正式加入してCDを出そうってなって、最初のCD『人間ドロップ』を作るんです。だけど、そのレコ発ライブ前に今度はベースが脱退するんです。

 

ーボストン?

 

ホ:3月は普通の人も色々状況が変わる時期ですからね。

秀:それでベーシストを探そうと、色んなバンドのホームページをチェックしてたんです。その時に、そういやホリはどうしているんだろう、って思い出して。ジパングのページを探し当ててホリのプロフィールを見てみたら「好きなバンド」の項目にひとりぼっち秀吉BANDって書いてあったんです!

ホ:当時プロフィール書くの流行ってませんでした?

ヨ:魔法のiランドでホームページ作ってね(笑)。

秀:アジカンとか銀杏BOYZとか並んでて…もちろんひとりぼっち秀吉BANDって書いてあったのは一番下でしたよ(笑)。でも書いてくれて嬉しいなぁと思って、誘ってみようかな、と。ここに書いてあるって事は、ちょっとは好きなんだろうから。

 

ー実際好きだったの?

 

ホ:もちろん好きでしたし、高校の頃は自分たちの企画で声かけたりもしたんですよ、なかなか出てくれなかったけど(笑)。

秀:それで誘ったら「俺でいいんスか?」みたいにメールで返事がきて。

ホ:加入を決めた時点で次のライブが決まってたので、秀吉さんの家に行って練習しましたね。なんか酒の瓶がそこら中に転がってて、豹柄のベッドで…悪の巣窟みたいな部屋で。

秀:それ考えるとサスケなんて、気にせず何泊もしてたな。「俺仕事だから行くけど、いつまで寝てるの?」みたいな(笑)当時はメンバー全員部屋に呼んでミーティングや練習を結構やってたんですよね。今は人を家に呼ぶのそんなに好きじゃないんですどね。

ヨ:がむしゃらだったんだね。

秀:がむしゃらですよ。ホリが入って、自分たちでツアー組んだりして。これからのし上がっていくぞって感じで。

ホ:初めての県外ライブどこだったか覚えてます?

秀:初めては本八幡The 3rd stage。後は三条Rocket Pinkとか、池袋Admとかね。

 

ヨ:でツアーまわって、KINGが抜けるんです。

秀:当時某レコード会社の人と話す機会があったんですが、バンドの方向性でKINGと意見が衝突してしまって。お互いの家に乗り込んだりして。手作りのご飯でもてなしてくれたりして。

 

ー仲良しじゃん(笑)

 

秀:今でも仲良しです。腹割って話してお互いの気持ちをしっかり理解し納得した上で、KING脱退という形になりました。

ヨ:そこからサポートドラム時代が始まるんです。

秀:ほんとメンバーチェンジめっちゃ多いんですよ。

ヨ:まずトモ兄っていう当時ハードコア叩いてたドラムがサポートで入って。その時にレコーディングしたのが『人間ラブソング』。そのレコ発ツアーのファイナルが「100人来なかったら解散」ライブじゃなかったっけ。

ホ:そうですね。今思えば、何故あんな事になったんですか?

秀:本気で上を目指してた、というか。本当に売れたい、有名になりたいという気持ちが強すぎて。100人呼べないようなら終わろうぜ、ぐらいの気持ちでいかないとダメだと思って、ライブ中に言ってしまったんですよね。結果的には県内だけじゃなくて、それまでツアーで回った先のお客さんもたくさん来てくれて、動員は178人。実はもっと多くのお客さんが来てくださってたんですが、会場に入りきらなかったんです。

ヨ:ちなみにそのファイナルには僕がいたバンドStrike Per Minutesも出演してました。

 

ヨ:そしてトモ兄の次にサポートしてくれたのが、当時高校卒業したばかりだったワタル君っていう、もうめちゃめちゃドラム上手い奴で。

秀:天才ドラマー。

ホ:ぶっ飛びすぎててアメリカまで行っちゃいましたからね。

ヨ:ワタル君のサポートで、またがっつりライブ重ねる時期があって。

秀:でその後、久々に正式ドラマーとしてロミィ(現:酒場に愛を)が加入するんです。きっかけは何だったっけ?

ホ:対バンしたんじゃなかったでしたっけ?ロミィさん、東京の専門学校を卒業して福島に帰って来て新誌さん(the sense)とバンド組んだりしてて。

ヨ:で、ロミィが入って、またCDを作るんです。それが『人間ピース』。

ホ:震災の時ですね。2011年。

ヨ:レコーディングをPEAK ACTIONでやってたんですね。震災中も絶賛レコーディング中だったんです。

秀:渡邊店長とやり遂げるぞって奮起して。余震がきたら避難して、を繰り返しながら完成させました。ヨギにゲストコーラスで参加してもらって。

ヨ:PEAK ACTION移転のタイミングも重なってたから、荷物がかなり散乱しているような状況だったけど、マイク立ててパソコン開いて、録ったよね。

秀:思い入れ強いですね。

ヨ:そしてまたレコ発ツアーに出るんですけど、面白い事件が起きまして…。

 

ひとりぼっち秀吉BANDに何が起きたのか?次回をお楽しみに!

(近日公開予定)!